ワタリドリ生活

ADHD20代の生活記。最近は食レポ多め

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消費者が売り手に求める価値を、そろそろ見直してみたらどうだろう

読んで、何がしかの発見を得られたり、新たな着想を得られたりする、そんな記事や話は、『良質』といえるだろう――。

私が言うまでもなく、広く知られていることですね。
世に新たな知見を投げるだけに終わらず、新たな議論を招き、人々に考える切っかけをあたえるもの。
世の中には、そんなものがたくさん、たくさんあふれています。

例えば、fujiponさんの「いつか電池がきれるまで」のこの記事もそう。

fujipon.hatenablog.com


コンビニでコーヒーを頼んだときの、店員さんの「サービス」について(私的には)ちょっとほっこりする話を軸に書かれています。

で、気になったのは、ここ。

だとしても、夜中の空いている時間帯では、あまり効果はなさそうだし、「サービス」なんですよねやっぱり。
強要すると「少しブラック化」してしまいそうですが、こういう形で配慮されると、ちょっとだけ嬉しくなってしまうのも事実です。

 
少しブラック化」

ブラック企業という言葉が世に定着して久しいですね。
雇用側の問題だけかと言われればそうでもなく、消費者側が過剰にサービスを求めすぎることにも原因があるという方々もいます。
クレーマーへの対応、他店との差別化、「より安く・早く・美味く」等々を実現し、利益につなげるために、削られているものがあるということでしょうかね。


この、買い手が「もう一歩のサービス」を求める。
売り手はそのような仮想消費者を設定し、「さらなるサービス」を提供していく。
ということがあるなら、それがブラックを生む要因の1つともなっているのではないでしょうか。


「もう一歩のサービス」はクレームだけにとどまりません。「もう少し安く・早く・美味しく・気遣いを」。

買い手側からの、「もう少し」がゆっくりと相手をブラックにしていたり?
売り手側は、そういった「少しブラックな消費者」を仮想消費者として作り上げていたり?
※売り手が仮想消費者を設定しているかどうかは、完全に私の想像なので、もしそういうことがあったとしたら、ということで。

少し異なるとは思うのですが、
「お客様は神様である」と客自身が言う。
「子どものしたことですから」と当の保護者が言う。
なども、似たようなものかなと思います。
その意識・マインドを、どちら側が持つのかという点において。

 

消費者は今、価値をどこにおいてますか?

受け手側の「もう一歩」によるブラックをなくしたいなら、
消費者自身が、売り手のどこに価値をおくかを再考してみることは、
一つの手段にならないでしょうか?

農家の顔が見える販売・地産地消市・あおぞらマルシェなどは、「信頼性」や「生産者とのつながり」に価値をおいたやり方ともとれます。
Aメーカーの飲料とBメーカーの飲料なら、環境保全活動をしているAメーカーを選ぶ、といった理由もあるわけです。

時代が移り変わるにつれて、大量生産大量消費の考え方から、ものを大切にしようという考え方にシフトしてきています。
売り手側に対する買い手側の考え方もまた、変容しつつありますが、浸透しきってはいません。

買い手側=お客様だけではなく、売り手側にとってもよい環境がつくられていけば、トータルで見たらもっと幸福度とか増しそうなんですけどね。
そう簡単にはいかないのかもしれませんね。

 

この話における「少しブラック」はfujiponさんの意図したものとは異なるかもしれません。あくまで、私の主観における「少しブラック」として使用しています。

ああ、初めてこんなにがっつり、言及したんですけど、大丈夫なんでしょうか……!
こういう書き方しちゃっても問題ないんでしょうか……!
はてブ利用して浅いからすっごいびくびくしながら、でも公開します。